英語が読めない!?

私の場合も、音読の重要性に気づいてからは、早速学校の教科書を集中的に音読するようにしました。

今までは、英語の勉強とは教科書を読みながら、分からない単語が出てきたら辞書で調べながら日本語で解釈していくことだと思っていましたから、初めは音読という小学校の国語の授業の様な作業は低レベルに思えましたが、疑いつつもこれを数週間忠実に実行しました。

しかし、音読を始めたときにまずぶつかった壁がありました。先ほど、音読の重要性のところで述べた「自分が読めない単語がわかる」というところで引っ掛かってしまったのです。実際、学校の教科書等で音読を始めたのですが、音読しようと思っても音読ができなかったんです!

というのも自分の発音が正しいのかどうかの確証が持てない単語がたくさんあったために音読するのが怖くなったという方が正しいかもしれません。

例えば、toward という単語がありますが、私が始めてこの単語を見たときに「トワード」なのか「トゥワード」なのか、そしてto にアクセントがあるのか、ward にアクセントがあるのかがわかりませんでした。

そこで一つの疑問が頭に浮かびました。

「このまま間違った発音のままで勉強していってもいいんだろうか?」

自分の「発音」に自身が持てなかったので、音読する気がなかなか持てずにやめてしまいました。というのも当時お手本となるCD がないまま、自分独自の発音で音読をしていたので、このような壁にぶつかったのも当然といえば当然なのですが、このことがきっかけとなって発音の重要性に気づくことができました。

実は発音の重要性はただ単にある単語の読み方が分かるか、分からないかのレベルの問題ではなく、日本人の英語のコミュニケーション能力を高めていく上での根本的な問題を抱えているからです。

その発音の重要性に気づかせてくれたのが、NHK のラジオ英語講座の最後にある広告のページに載っていたGE 研の「リアルリンガル」という教材でした。(今は発売中止)

広告を見たときなんか胡散臭いなと思いましたが、当時発音を矯正する教材といえば、発音記号が並んだだけの参考書ぐらいしかありませんでしたから、当時5万円もした教材をなんとか母親を説得して買ってもらいました。

この教材の内容を一言に要約すると「自分が発することのできない音は、聞き取ることできない」ということでした。

だから、英語にはあって日本語にはない音だけを徹底的に練習して発音できるようにすることだけを目的としたシンプルな教材でした。

「日本人なんだから日本人の発音のままで良い」という人がよくいます。特に40〜50代の英語教師にこの種の人が多いような気がします。

高校や大学時代に今とは違い英語学習の環境が整っていなかったし、英会話学習の重要性が認識されておらず、英語と言えば今以上に英文の日本語解釈のことだと教えられてきた世代だからです。

確かに発音が少し悪いからといって必要以上に卑屈になったりする必要はありません。実際、発音が多少悪くても英語は通じると思います。(文脈があるから)

インドにはインド、シンガポールにはシンガポールの独特の発音やアクセントがあります。

「だから、日本には日本の英語があってもいいではないか?」

一見すると筋が通っているように思えます。まあ、日本人である以上、ネイティブの発音を習ったからといっても。やはり日本人の発音やアクセントが多少は残ると思います。

そのレベルが日本の英語であって、発音、アクセントをまったく無視した「サンキュー・ベリー・マッチ」や「マクドナルド」をそのままカタカナ読みするのが日本の英語となるべきではないと思います。

このような英語でも良いというのは、ひとりよがりで英語圏の人に対する侮辱だと思います。かといって、超完璧主義になる必要はないと思いますが。

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