自己紹介

ここでいきなりですが、少し自己紹介をさせて頂きたいと思います。

現在、ブラジルにてWIZARDというブラジルで一番大きい英会話学校チェーンにて日本語教師をしています。

私のTOEIC のスコアは2年前の時点で835点(約2 年前に受験)でした。自慢できるほどのスコアではありませんね。

日本の論点2003 によると、英語教師の平均TOEICスコアは、高校が720、中学が655 となっていますから、それでも日本国内で英語のプロとして英語でご飯を食べている人の大半よりは一応スコアは上です…

しかし、英語のプロと呼ばれる人たちがこの程度のスコアで平然とあなたやあなたの子ども達の英語を教えていると思ったらぞっとしませんか?

学校の先生だけではありません。

英語の翻訳に従事している人の80%以上が英語でのコミュニケーションが得意ではないと告白しています。

また、TOEIC のテストで900 点以上取っていてもネイティブとの1対1のまともな会話すらできない人がいるって知っていましたか?

言い分けではありませんが、「TOEIC のスコアが高い」イコール「英語の運用能力が高い」というわけではないからです。

TOEICは英語のテストという面もありますが、以下にして情報を処理していくかというテストの面もあるからです。

だから、たとえ英語の達人であっても、このTOEICの傾向になれていない人がいきなり試験を受けても、必ずしも高得点が取れるとは限らないからです。

逆にTOEIC は傾向と対策しっかりやって、当日試験のテクニックを使えば、短期間(1〜2ヶ月)で実際の実力以上のスコアを取ることは朝飯前ということです。

では、私の英語の実力はどの程度なのか?

どう説明したらうまく伝わるかわかりませんが、英語の実際の運用力としてはネイティブとも十分議論ができるレベルと言ったらよいでしょうか。

2人以上のネイティブとの会話についていけるレベルです。

というのも、ネイティブとの一対一の会話ならついていけるという人は結構いますが、2人以上になるとちんぷんかんぷんという人が多いからです。

ちなみに、私は英語以外には、スペイン語とポルトガル語を話すことができます。スペイン語とポルトガル語の運用能力は英語もしくはそれ以上というところです。

英語は映画やドラマが字幕なしで70%の理解できるぐらいですが、スペイン語やポルトガル語はTVや新聞も辞書なしで内容がほとんどわかります。

このレポートの中ではあまり触れませんが、ヨーロッパの言語の文法構造、語彙には共通性、類似性があるため、ひとつの言語をマスターすると、その次の言語をマスターするのが非常に楽になります。

スペイン語は大学で4年間勉強しましたが、ポルトガル語については独学でマスターしました。ついには、ブラジルの女性と結婚して、今はポルトガル語で生活しています。ブラジル人にポルトガル語でスペイン
語も教えています。

「スペイン語やポルトガル語の資格はないのか?」

とよく聞かれるのですが、正直なところ資格は持っていません。というよりも、資格の試験自体を特に受けようと思わないというのが正直なところでしょうか。

なぜなら、資格等は所詮人に判断してもらうための基準でしかないわけで、高得点でも実際の運用能力がなければ意味がありませんし、自分は十分にできると思っていれば、別に試験をあえて受ける必要性は感じないでしょう。

私も機会があれば受けてみたいとは思うのですが、なんせブラジルにいるので。

私と語学の関係

私は新潟県という保守的で当時人口が6万人ほどの小さな町で生まれました。私の父は国家公務員で日本海側の港の整備に関する仕事を携わっていました。

まあ、一応公務員という安定した職業についてはいましたが、学歴という点では定時制の高卒で特にインテリでもないですし、私の母親は地元の普通高校の商業課を卒業しただけで人生のほとんどを専業主婦として過ごした人です。

ここで言いたいのは、私は帰国子女でもなければ、インテリの親に特別な幼児教育を授けられた人間ではないということです。

もちろん子供の頃に海外旅行に連れて行ってもらったこともなかったですし、いまだに両親はパスポートすら持っていません。

つまり、私の両親は一度も日本から出たことがありません。

正確には、父は日本統治時代の朝鮮で生まれたので、日本列島の外には出たことはあるのですが。

そんな話はどうでもいいですね。

もう一度繰り返しますが、ここで言いたいことは私は大多数のみなさんと同じで、優秀な血統のDNAを引き継いだ人間でもなく、極めて平凡な家庭に生まれ育った人間だということです。

つまり、みなさんも私と同じだけの努力をすれば少なくとも私と同じレベルにはたどり着けるということを知ってもらいたかったのです。

しかし、私の子供時代にはひとつのポイントがありました。私は小さい頃から、当時毎日放送で放送されていた大橋巨泉の「世界まるごとHOW マッチ!!」やキンキンの「なるほど・ザ・ワールド」等海外に関するTV番組などに人一倍関心を持っていました。

また、社会の地理の授業も得意科目の一つでした。

※最近の若い人は何のことかわからいかもしれませんので、無視して下さい。中学に入り英語の授業が始まると、海外に興味があったこともあって勉強にもハリがあり、中学卒業までは常に学年のトップクラスでした。

しかし、高校に入ると覚えなければならない語彙が一気に増えたのと、英文法の授業でやたらと難しい文法事項を習わされたので、英語嫌いになってしまいました。

正確には英語の授業について行けなかったというようりは、当時学校の勉強全般について行けなかったのですが。

劣等生だったんです。

勉強はほとんどしませんでしたし、かといってクラブ活動に力を入れたかというとそうでもありません。

このような生活を続けていたので、当然のことながら日本の一流大学に現役ではとても手が届くはずもなく、アメリカの大学ならば誰も名前も知らないし、どこか適当な大学を卒業しても箔がつくだろうという浅はかな動機で、高校2年生の途中ぐらいからアメリカ留学の可能性を模索しはじめました。

留学ジャーナルなどの雑誌を元に少し調べてみるとアメリカに留学するには、TOEFL という試験を受けなければならないということがわかりました。

※TOEFL とは、Test of English as a Foreign Language の略称で、英語を母国語としない人々を対象に,アメリカおよびカナダに留学して学業を行える英語の能力があるかどうかを検定する試験。

当時アメリカの大学に正規留学するには最低でもスコアが500(TOEIC 換算で470)は必要でしたから、この500 点突破を目指して最初の1年ぐらいは自分が思いつくありとあらゆる勉強方法で、とりあえずがむしゃらに英語を勉強しましたが、なかなか成果があがりませんでした。

そこで色々な英語学習法の本や教材を買い漁りました。その時に、何万円、何十万円と投資したと思います。

そして書いてあったことで自分が納得したことは全て実践してみました。

全てがうまくいったわけではありません。試行錯誤でいろいろ試してみました。その試行錯誤を繰り返す。

うちに、学習のツボがわかってきました。そうすると、加速度的に英語の能力が上がっていきました。

高校3年生の春には高校生で合格するのは割りと難しいと言われている英検2級にも合格しました。私の落第生ぶりを知っている友達は、「なぜ中野が合格して、俺が不合格なんだ」と腹を立てたぐらいです。

当時アメリカに留学していた日本人の人の何人かと知り合う機会があって、「日本の大学を卒業したほうが良い」ということを言われて、アメリカの大学ではなく、日本の大学に行こうと思いました。

てっきりアメリカに行くつもりだったので英語しか勉強していなかったので、英語1教科で行ける大学はないかと探していたときに出会ったのが関西外国語大学の自己公募の推薦入試を受けて合格することができました。

こうして1998 年の4月に関西外国語大学のスペイン語学科に入学することになったわけです。

スペイン語を専攻していたのですが、私が様々な経験から身につけた英語の学習法は英語に限らず、ほとんどの外国語にも適応できることがわかってきました。

そのおかげで大学ではスペイン語の統一試験で一番を取り、学長から表彰も受けましたし、授業料、寮費、食事代までもが支給される高待遇の交換留学生としてメキシコのモンテレイ市にあるモンテレイ工科大学へ留学することもできました。

そして気づいたら25 歳にしてスペイン語とポルトガル語まで英語以上にできるようになっていたのです。

「私の過去の話なんてどうでもいい!」
「どうすれば英語ができるようになるのか早く教えろ!」
という声が聞こえてきそうなので私の話はここまでにしておきます。

さて、私は今でも英語関係の学習サイトを見たりや書店で売られている本を立ち読みしたりしますが、相変わらず金太郎飴式の同じような教材が並んでいますよね。

このレポートでは、英語学習の嘘を徹底的に暴き、日本の英会話学校や英会話教育に鋭いメスを入れていきます。

私が指摘していく中で目からうろこが落ちて、自分が騙されていたことに気づき腹が立ったり、自分が無駄に費やしてきた時間とお金のゆえにへこんだりするかもしれません。

しかし、そこで自分の失敗を正当化するために、「教材が悪いんではない、自分の能力が足りないんだ、学習時間が足りないんだ」と自分に言い聞かせているようではいけません。

手術には痛みが伴うものです。痛みは必ずしも悪いことではありません。耳に聞こえがいいものが、本当に役立つこととは限りません。
甘いチョコレートを食べることは気持ちのいいことです。しかし、歯磨きをしなければ虫歯になってしまいます。つまり、「気持ちがいいこと」イコール「自分に役に立つこと」と必ずしも言えないということです。

そして、歯の治療をするために歯医者に行きますが、そこでは歯の治療をしている最中には傷みが伴います。

その痛み自体はけして悪いものではありません、少しの間その「痛み」を我慢すればその「痛み」から解放され、虫歯のない健康な歯を持つことができるのですから。

私もアメリカ留学を目指していた頃、英会話学校に通おうかなと思っていた時期がありました。その時に、「やめた方が良い」と苦言を呈してくれた知人の方がいました。私は、謙遜にその方のアドバイスを聞きました。だからこそ、無駄なお金と時間をどぶに捨てなくて済みました。

私もこのレポートの中で様々な苦言を呈していきます。ある人にとっては、苦い経験を呼び起こすことになるかもしれません。しかし、「痛み」を恐れずに最後までこのレポートを直視して、是非それを実行に移してみてください。

きっと何かが変わるはずです。


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