スピーキングに関する日本人の中に存在する伝説

スピーキングというのは、英語の能力の中でも一際目立ちますよね。電車の中でネイティブと英語で議論したり、冗談を言い合ったりしている人を嫉妬と羨望の眼差しで見たことはありませんか?

スピーキングに関してもあらゆる「伝説」が今でも残っています。
その一つが語学留学を目指す人の中に信じている人が多いのですが「英語が話されている国に住めばいつか自然と話せるようになる」というものです。
まあ、そういう風に思っている人は「留学」ではなく「遊学」で終わる場合が多いのですが。(毒舌ですね)
では、もし「住めば話せるようになる」が本当であれば、なぜアメリカに1 年いや2年以上住んでいてもマクドナルドで注文ができる程度の英語しか話せない人がたくさんいるのでしょうか?

私は今ブラジルに住んでいますが、ブラジルには日本人、日系人がたくさん住んでいます。しかし、日系人の中にはブラジルに40年以上住んでいても、ろくにポルトガル語が話せない人もたくさんいます。逆に私のように英語圏には住んだことがなくてもネイティブと互角に話せる人もいます。私たちにやる気がないときには、環境を変えることによってやる気がでてくるということはあるかもしれませんが。

環境が私たちを変えてくれると思うのは少し甘いような気がします。
言語は受身では絶対にのびません。

スピーキングに限ったことではありませんが、要は効果的な学習法とそれを実践する意思さえあれば、誰でも日本国内にいてもトップレベルの英語力を身につけることは不可能ではないということです。

よくOL の方に多く見受けられるのですが、一年発起して会社を退社してまで語学留学をする人がいます。もしその語学留学の目的が単に「英語が話せるようになる」という程度であればお金のムダです。

グローバル化、グローバル化と叫ばれ、英語の重要性が声高に叫ばれていますが、では実際に日常で英語を使う「必要性」のある人ってどれくらいいるのでしょうか?

アメリカに学部留学や長期の語学留学をしている人やカナダ、オースラリアなどにワーキングホリデーの制度を使って滞在する人はめずらしくありません。

英語がある程度できる人というのは、一昔に比べれば格段に増えました。

長期で海外に滞在しようとすれば、何十万、何百万とかかります。多くの人が日本に帰ってきて「英語」で就職しようとするのですが、そこで厳しい現実を目のあたりにします。

留学で人生を棒に振る日本人―“英語コンプレックス”が生み出す悲劇 (扶桑社新書) [新書] / 栄 陽子 (著); 扶桑社 (刊)

インプットの重要性

リスニングやリーディングがインプットなのに対し、ライティングやスピーキングはアウトプットする能力です。

インプット型の語彙のことを受容語彙(passive vocabulary) とアウトプットできる語彙のことを使用語彙(active vocabulary)ということは知っていましたか?受容語彙とは、聞いたり、読んだりするとわかる表現のことで、使用語彙とは、話したり、書いたりする時に使える表現を言います。受容語彙は使用語彙より多いのが普通です。

例えば、小学生の時に漢字のテストで読めるけど、書けないという経験はありませんか?また、薔薇・醤油・麒麟等の漢字は成人の99%の人は読めると思いますが、正確に書ける人となると、もしかすれば10%以下かもしれません。

私もワープロに慣れきっているので、当然のことながら書けません。漢字の例えのように母国語である日本語の場合にもあてはまりますが、外国語の場合はこの差が母国語より開いてしまうことが多いのです。

日本人の中には「英語は聞いたり、読んだりすることはかなりできるようになったのに話したり、書いたりしようと思うとなかなか出てこない。」という方がたくさんいます。

なぜでしょうか?

それは受容語彙を使用語彙に移行するための勉強をしていないからです。

アウトプットするためには、インプットつまり十分頭の中に様々な英語の文やフレーズが蓄積されていなければなりません。

ライティングであれば自分の頭の中で日本語から英語に訳す、すなわち単語を文法で組み立てる時間を取ることができますが、スピーキングの場合、そんなことをしていたら会話で置いてきぼりにされてしまいます。

英語でスピーキングするためにはなるべくたくさんの例文を脳にインプットして蓄積させておいて、その一部(単語、時制など)を入れ替えたり、多少変化させたりすることによって、自分のイメージどおりの内容を英語で再現できるようにならなければいけません。

英語を書くほうが話すことよりやさしいと思っている人は英文法を使って日本語から英語に訳して話したり、書いたりしている人です。英語を書くという作業ではなく、日本語の文を英文に訳すという作業をしているため、考える時間がとれる「書く」の方がとっさに話さなければならない「話す」よりも楽に感じるからです。

この日本文を英文に翻訳する作業はライティングの方法としては間違っています。というのも英語は正しい表現を覚えておいてそれを応用しながら書かなければいけないからです。
このことには納得して頂けたでしょうか?感覚的には理解してもらえたと思います。
それでは、実例を使って説明します。まだ話すことのできない赤ちゃんが母親の言っていることが理解できるのはなぜでしょうか?

答えは簡単です。聞いて理解すること(インプット)の方が、話すこと(アウトプット)よりも簡単だからです。その赤ん坊も3歳になればある程度話せるようになります。逆に言えば赤ん坊がある程度話せる(アウトプット)ようになるのには3年間もインプットし続けなければならなかったということも言えます。

この3年間の間この赤ん坊が両親、親戚等から英語を聞いた時間はとてつもない時間になっていると思います。1週間に50分のセミプライベートの授業を受けたぐらいでは到底このリスニング量をカバーできるわけがありません。

では、通学や通勤時間に英語を聞いて、自宅ではCNNを一日中掛けっぱなしにしておけば良いのか?もしあなたが赤ん坊であれば確かにそれでよかったかもしれません。ある程度聴覚や脳が発達してしまった状態では、それにあった言語習得法が必要になります。

というのも、大人と子供では言語習得能力の差があるからです。母国語が確立してしまった大人と比べ子供は言語を自然に吸収する能力がずっとすぐれています。

海外に転勤になった親は全然英語ができるようにならなかったのに、一緒に行った小学生の子供が2年後には英語がぺらぺらになっていたなどというのはこの言語吸収能力の差からくるものです。姪っ子は、日本で生まれて5歳まで日本で育っていました。保育園にも通っていたので日本語とポルトガル語の完璧なバイリンガルでしたが、ブラジルに帰国して1年経った後には日本語を全く話せなくなっていました。

その後、また日本に戻ることになり、すぐに日本語の小学校1年生として入学しました。日本に到着してから3ヵ月後ぐらいに電話したときには私が話す日本語を完全に理解したうえで、「です、ます」を使ってちゃんと日本語で返事することができるようになっていました。

大人となると、そう簡単にはいかないというのは想像に難くないでしょう。

ともかく、ここで言いたかったのはアウトプット以上にインプットが重要だということです。そしてインプットがある程度蓄積されるとアウトプットも自然に良くなるということです。

英語の出し入れ実践トレーニング(CD BOOK) [単行本(ソフトカバー)] / 林 功, 大瀧 綾子 (著); ベレ出版 (刊)

ネットで英会話の練習相手を無料で見つける方法

みなさんの中には、そのような行事やサークルに参加するのが恥ずかしい、面倒くさいという外国語を勉強している人には一見向かない正確の人がいるかもしれません。でも、心配しないで下さい」

最近は、ネットでも無料で外国の友達を見つけることも可能になりました。また、日本のアニメを始めとしたポップカルチャーは全世界で大ブーム、日本語を勉強している人や、日本人と友達になりたいという人はあなたが思っている以上にたくさんいます。

そういう人って、いわゆる「オタク」じゃないの?

と思われたかもしれません。

確かにそういう人も中にはいますが、ごく普通の人もたくさんいますので、心配しないで下さい。また、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)と呼ばれる無料のサービスがあります。日本ではMixiと 呼ばれるものがありますが、英語圏でも様々なサービスがあるので、参加してみるのも良いかもしれませんね。

英語圏で運営されている代表的なサービスは、

Myspace.com http://www.myspace.com/
Hi5 http://www.hi5.com/
Friendster http://www.friendster.com/

等です。

昔はほとんどのSNS の場合、既に参加している人の紹介が必要な場合がほとんどでしたが、最近は紹介なしでも会員になれるようです。

ちなみに私が登録しているhi5 で英会話の練習相手を見つけてみましょう。私も参加しているhi5 は招待制ではないので、必要事項を登録するだけでメンバーになることができます。

まずは、hi5 のホームページに行きます。

まだ会員ではない人はSign up now!から必要事項を入力して会員登録をします。サインアップ後、ホームページからログインします。ログイン後の画面からGroups を選択します。

Groups とは特定の趣味や嗜好を持った人の集まりですから、ここで日本や日本語に興味のある人のGroup を探せば日本語に興味のある外国人を探すことができます。ためしに、Groups の検索欄に”Japanese“と入れてみました。

ちなみに06年9月27日現在で一番大きいJapanese というグループのメンバーが5900 人もいました。

早速このJapanese というGroup の中を覗いてみると掲示板にあたるMesseageBoard で、日本語の練習相手を探している人もたくさんいます。

このメンバーを見ていくと、日本語、日本文化に興味がある人はやはりアジア系の人が多いというのがわかります。

アジア系といってもシンガポールや香港には英語がネイティブ並みにできる人も多いですから、偏見を持たずに友達になりましょう。

それでは、英語のネイティブで日本語に興味のある人はいないのか少し探してみましょう。

Group Members をクリックするとGroup に参加しているメンバーの一覧を見ることができます。

もしプロフィールを読んでみて気になったら、Sent Message をクリックして、メッセージを送ってみればよいのです。

もしかしたら、返事がもらえないかもしれませんし、返事をもらえたとしても必ずしも関係が持続するとは限りません。

しかし、そこであきらめてはいけません。きっと気の合う人がみつかるはずです。 Japaneseを使った検索は私のひとつの例であって、例え、あなたが好きな日本の歌手やバンドのGroup から友達を探すこともできると思います。

英会話学校以外にネイティブと接点がない人は

そうなると普通の人にとっては英会話学校がネイティブと唯一スピーキングを実践できる場所ということになるでしょう。

しかし、私が英会話学校に関して前にぼろくそ言ったので、行くのは気がひけるかもしれません。もし、「英会話学校に入りたい」というのであれば明確な目的がなければなりません。「なんとなく、英語が話せるようになりたい。話せたらかっこいい。」程度の動機であれば家で勉強した方がましです。

英会話学校に通うにしても、何も知らないネイティブに英語を教えてもらうのではなく、ネイティブとの時間を買うという感覚で望んだ方がいいと思います。

そのためには、ある程度スピーキング力が自分の物になっていななければなりません。そしてこれぐらいならネイティブを前にしても堂々と行けるぞというレベルになってから行くべきだと思います。

それでもあの高い月謝をそのために払う価値はないと思いますが、どうしても行きたいとおっしゃるならあえて止めはしません。

英会話学校のネイティブ講師は英語が専門ではないものの、大卒の人がほとんどですから、ある程度は知的な会話(政治・経済・文化・歴史)にもついていけます。

あなたが英語でも知的な会話ができるとうのがわかれば、教師と生徒との関係から、1人の人間対一人の人間の付き合いへと発展させることができるかもしれません。(恋愛関係のことではないですよ。)

うまくいけば、学校の外でもあなたと会ってくれるかもしれません。実際、私自身は英会話学校には通ったことはありませんが、私にはアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ出身の友達がいますが、ほとんどが英会話学校の講師です。

たまに外資系の会社の社員だったり、軍人だったりする場合もあります。僕は学校彼らと友達になって家に遊びに行ったり、一緒にレストランに行ったりして英語で会話をします。もちろん割り勘ですよ。

仲良くなると、逆に日本語を教えて欲しいと言われたりすることもあります。だから、英会話学校にどうしても行きたいという人は、手加減なしの英語をネイティブから引き出せるレベルになってから行きましょう!

もしそれぐらいのレベルに達することができれば、先ほど言った定額のフリーカンバーセーションのクラスでも、初心者の羨望と嫉妬のまなざしを横に少しの罪悪感を感じながらも、自分が支払った分はたっぷりと回収できるはずです。

そのレベルに到達してしまったら、今更英会話学校に行って英語を勉強しようとは思わないかもしれませんが...

この手加減なしの英語をネイティブから引き出すレベルに到達する方法は日本にいながらでもこの本の最後の方で紹介するDVD を使った勉強法を実践すれば到達可能です。

忘れていましたが、スピーキングの相手を見つけるにはもう一つの方法があります。

それは、地域のボランティアや国際交流等の行事に参加して見つけるという方法です。

これならばお金はかかりません。

市役所に行けば必ずと言っていいほど国際交流課みたいなところがありますし、町にひとつや二つは国際交流をしているNPO があるはずです。中にはイベントを主催していたり、会報を発行したりするようなところもありますから、アンテナを立てていれば必ず情報が入ってくるはずです。

今は国際化の時代ですから、あなたが住んでいる町にもたくさんの外国の方がおられるはずです。よほどの田舎であれば別ですが、あなたが住んでいる町に一人も外国人がいないとうことはないと思います。

しかし、その場合に知り合う外国人は必ずしも英米人とは限りません。

だからといって、あきらめる必要はありません。フィリピン人、インド人、パキスタン人、シンガポール人などは準ネイティブですし、英語を母国語としないヨーロッパ人の中にもネイティブ並の英語力を持ってい
る人も少なくありません。

北欧の人たちは教育レベルも高い上に、子供の頃から英語の子供番組を英語でみていることもあって、ネイティブのように非常に流暢に英語を話す人も少なくありません。

「私はアメリカ人以外と話したくない、自分の発音が変になったら嫌だ。」

そこで、贅沢を言わないで下さい。まずは実践する場所が必要じゃないのですか?それなら何もネイティブに限らなくてもいいではないですか?

もしアメリカ英語が好きならばそれはそれでかまいません。後ほど説明するDVDを使った学習法でアメリカの映画を使って勉強すればアメリカ人っぽい発音を身に着けることができます。

私はアメリカ人に「君の英語はハワイなまりだ」と言われたことがあります。イギリス英語を勉強したいならば、「ブリジットジョーンズ」などイギリス英語が聞ける映画もたくさんあります。

それでもどうしてもネイティブと話したいという人へ

でも、「やっぱり生身の人(外国人)と実際に話したい!」という人がいると思います。その気持ちはよくわかります。別に話したいと思うのは構いません。

ただ、ある程度話せないと逆につらいですよ。なぜつらいかについては、私の学生時代の話を少ししたいと思います。当時は私もスピーキング上達のためにはネイティブと話すことが唯一の学習法だと思っていたので、英語を話せるチャンスを常にうかがっていました。

大学には留学生がたくさんいたので、友達に留学生を紹介してもらったり、近くのキリスト教の教会に集っている外国人に自分から話しかけたりもしました。しかし、あることに気づきました。人は変わってもいつも同じ内容の話をしていたんです。

僕のいつも質問する内容はこんな感じでした。

「はじめまして。」
「日本には何年住んでいますか?」
「お仕事は何ですか?」
「日本食は好きですか?」
「おいくつですか?」
「どこの出身ですか?」
「・・・(沈黙)・・・」

この内容の表現は、何回も使っているので、自分でもびっくりするぐらいスラスラ話せます。ネイティブもお世辞で「英語が上手ですね!」なんて言われて調子に乗ってしまいます。

しかし少し話しが込み入ってくると、言っていることが半分ぐらいしかわからないようになり、会話がたどたどしくなります。

10分もすればネタもつきて気まずい沈黙が流れます。

そうすると、調度良いタイミングでそこにもう1 人のネイティブがあらわれて、会話に入ってきます。

「よかった、これで沈黙から開放されるぞ」

とホッとするのもつかの間今度は二人が話している内容がところどころ単語が理解できるぐらいで内容にはまったくついていけなくなります。

さっき半分ぐらい理解できたいてのは、ネイティブが遠慮してゆっくり、わかりやすく話してくれていたからなのです。彼らは猛烈なスピード(私にとって、彼らにとっては普通)で会話は続きます。どうやら、冗談を言い合っているようで、ところどころで笑いが起こります。

とりあえずそこで愛想笑いで「にこっ」としてみたりします。分からないのに分かったふりをする罪悪感。変にわかったふりなんかしてしまうものだから、てっきり理解できているもんだと思われて「あなたは、どう思う」なんてふられちゃった時には最悪です。

そこで、「いや、実は何の話をしているかわかりません。」と言わなければならないときのあの恥ずかしさは思い出しただけでも身震いします。(ちょっと大袈裟か)その後、すぐ「ちょっと、トイレへ」なんて行って席をはずしてその場から退散しますが、もちろんもうそこには恥ずかしくて戻れません。

まあ、戻ったところで何を喋っているかわからないので、戻ったところでさらに恥を重ねるだけですが。

ある程度英語が話せないうちにネイティブの人と話そうとするというのは、僕の様に「にがーい体験」をするということです。

そんな私も今では複数のネイティブとナチュラルスピードで会話できますし、冗談を言って笑わすこともできます。

このような恥ずかしさがばねになった部分もあるかもしれませんが、今思えばDVD を使った学習法を最初からしていればよかったなと思います。

ところで、こんな私ですが、最初から堂々とネイティブとまともに議論できたと思いますか?私はおそらくみなさん以上に英語コンプレックス、「ガイジン」コンプレックスの塊だったと思います。

ある程度英語を話せるようになれば、私がしたように積極的に会話のチャンスをどんどん探していくべきだと思います。慣れてくれば、「ガイジン」コンプレックスもなくなっていきます。堂々と英語で議論できる自信もついていくはずです。

しかし、私が実践したように「そんな自分が知らないところで、知らない人に話しかける勇気なんかない」と言う方もおられると思います。

スピーキングの練習相手はネイティブでないとダメか?

「スピーキングの相手がネイティブでなければいけない」と心から信じている人もいるようですが、本当に英語を話す相手はネイティブでなければいけないのでしょうか?

英語で話すというのは、リスニングやリーディングによって自分の中にインプットした知識をアウトプットする訓練ですから、かならずしも相手はネイティブである必要はありません。

大学生ならば英会話のサークルや社会人であれば公民館等で行われているサークルなどをうまく利用すれば無料や格安で英語のアウトプットができる場があるはずです。

また、単にアウトプットの訓練という見方からすれば、リスニングやリーディングは家にいながら一人で勉 強できたようにスピーキングも同様に行うことができると思います。

「スピーキングなんだから、話し相手がいなけくちゃいけないだろう!」

と思ったかもしれませんが、やろうと思えば1 人で勉強することもできます。自分が感じたこと、見たことをぶつぶつと英語で独り言のように話して勉強している人もいるぐらいです。

しかし、一人で勉強する場合や低レベルの人同士で勉強する場合には問題があります。なぜなら、自分が話している英語が文法的に、もしくは発音が正しいのかどうかわからないという問題が残るからです。

「だから、やっぱり会話の相手はネイティブじゃなきゃだめなんだよ!」と思ったかもしれません。

では、ここで私から一つ質問です。

ということは、逆に言えばネイティブにはあなたの英語が通じるか通じないか、正しいか間違っているかをテストする役割ぐらいしかないということですか?

少し嫌味だったでしょうか。
そうなんです。

そこらへんの英会話学校のネイティブはあなたの英語の発音や文法を正しいか間違っているかを判断する程度の役にしか立たないということなのです。

スピーキングに関する日本人の中に存在する伝説

スピーキングというのは、英語の能力の中でも一際目立ちますよね。電車の中でネイティブと英語で議論したり、冗談を言い合ったりしている人を嫉妬と羨望の眼差しで見たことはありませんか?

スピーキングに関してもあらゆる「伝説」が今でも残っています。その一つが語学留学を目指す人の中に信じている人が多いのですが「英語が話されている国に住めばいつか自然と話せるようになる」というものです。

まあ、そういう風に思っている人は「留学」ではなく「遊学」で終わる場合が多いのですが。(毒舌ですね)

では、もし「住めば話せるようになる」が本当であれば、なぜアメリカに1 年いや2年以上住んでいてもマクドナルドで注文ができる程度の英語しか話せない人がたくさんいるのでしょうか?

私は今ブラジルに住んでいますが、ブラジルには日本人、日系人がたくさん住んでいます。しかし、日系人の中にはブラジルに40年以上住んでいても、ろくにポルトガル語が話せない人もたくさんいます。

逆に私のように英語圏には住んだことがなくてもネイティブと互角に話せる人もいます。私たちにやる気がないときには、環境を変えることによってやる気がでてくるということはあるかもしれませんが。

境が私たちを変えてくれると思うのは少し甘いような気がします。

言語は受身では絶対にのびません。

スピーキングに限ったことではありませんが、要は効果的な学習法とそれを実践する意思さえあれば、誰でも日本国内にいてもトップレベルの英語力を身につけることは不可能ではないということです。

よくOL の方に多く見受けられるのですが、一年発起して会社を退社してまで語学留学をする人がいます。もしその語学留学の目的が単に「英語が話せるようになる」という程度であればお金のムダです。

グローバル化、グローバル化と叫ばれ、英語の重要性が声高に叫ばれていますが、では実際に日常で英語を使う「必要性」のある人ってどれくらいいるのでしょうか?

アメリカに学部留学や長期の語学留学をしている人やカナダ、オースラリアなどにワーキングホリデーの制度を使って滞在する人はめずらしくありません。

英語がある程度できる人というのは、一昔に比べれば格段に増えました。

長期で海外に滞在しようとすれば、何十万、何百万とかかります。多くの人が日本に帰ってきて「英語」で就職しようとするのですが、そこで厳しい現実を目のあたりにします。

スピーキングには暗記が必要?

しかし、一番大切なのはインプットの質です。せっかくインプットされたものがあいまいなあやふやなままならば今度はアウトプットすることができません。

確実なアウトプットをしようとすれば、インプットも100%確実にされていなければなりません。

ここで、少し受容語彙を使用語彙に変わるタイミングについて少し考えて見ましょう。

例えば、私は薔薇という漢字を読めますが、薔薇という漢字をそらで書くことができません。なぜなら、薔薇という漢字の書き方を暗記していないからです。では、薔薇という漢字を書けるようになるためには何をする必要があるでしょうか?

やはり、オーソドックスな方法はお手本を見ながら紙に何回も書き写してみるということでしょう。もし、これをスピーキングに当てはめるとすれば、正しい英語(お手本)を聞いて、その通り何回も話してみる
ということになるでしょう。

適切な表現が反射的に出てくるようになるためには、その表現を脳に記憶させる必要があるということです。

なぜ、多くの日本人がGood Morning.やNice to meet you.だけはきちんと言えるのでしょうか?なぜならこの様な表現を100%暗記して、自信を持っていつ、どこで、誰に言ったらよいのかわかっているからです。

つまり、日本人ならほとんどに人がGood Mornining.は朝誰かに出会ったときに使う挨拶の表現だとか、Nice to meet you.は誰かに初めて出会ったときに使う表現だと理解しているということです。

スピーキングの目指すところは、Good Morning やNice to meet you.の様に自信を持って話すことができる表現を増やしていくという作業に他なりません。

私は単語を丸暗記するという方法はやめた方が良いという話をしましたが、この世の中に存在する英語の表現を全て丸暗記するということではありません。しかし、表現を暗記していくと、ある時点から応用力がついてくるようになります。

ここで言うところの応用力というのは、I という主語をTom に置き換えたり、today をyesterdayに置き換えたりすること、当然のことながら置き換えることに関する動詞の変化を反射的にできるようになるということです。

ちなみに私が働いているWIZARDのメソッドはまさにこの方法を授業に取り入れています。

例えば

I go to school tomorrow.

という例文があったとします。

先生が”yesterday”と叫んだら、

クラス全員が、

I went to school yesterday.

と応答するような仕組みになっています。

しかも、頭で考えてから話せるようなゆっくりなスピードではなく、テンポよく行って自然に口から出てくるまで続けます。

例えば、主語のIをHeに変えたり、schoolをhospitalに変えたりして、ひたすら繰り返します。1時間の授業で生徒は300フレーズ以上話すことが要求されます。

まさに勉強というよりは、「特訓」や「訓練」という言葉がぴったりの様なメソッドです。ただ、単純な作業なので飽きやすいという難点はありますが、2,3年も続けるとみんな流暢に英語が話せるようになって
います。

話を元に戻します。

アメリカへ留学した人の英語が伸びるのは、単に英語のシャワーを浴びるからとうようりは、この受容語彙を使用語彙に変えるためにタイミング、自分が学んだ(インプットした)表現を実生活でアウトプットする場がたくさんあるからです。

また、アウトプットをしてみることによって、インプットだけして分かった気になっている単語や表現がわかってきます。なぜなら、アウトプットするためには100%覚えていなければ不可能だからです。

もし、できなかった場合には、メモ帳を開く、辞書を引く、他の人に聞くなどのアクションを起こすことができます。こうして100%に近づいていくことができます。

日本にいながらスピーキングやライティングなどのアウトプットの能力を伸ばそうとしたら英語を使う機会を自ら作らなければいけません。

それは英語で日記をつけるとか、英語のチャットに参加するとか、友達と英語で話をするとかでも何でも良いと思いいます。大切なのは、その英語を自分で使ってみるという体験です。必ずしもネイティブ相手であるとか、海外に住むということは必要ではありません。

一度どこかで使ったものは、次の機会にも使えますから、いろいろな英語を使う機会を多くもてばもつほど、使える英語の表現も増えていきます。

※日本にいながら英語を使う機会を見つける方法については後述。

最後にご紹介するDVD 学習法ではリスニングのインプット中心ですが、アウトプット(スピーキング)にも効果があることを実体験から確信しています。

インプットの重要性

リスニングやリーディングがインプットなのに対し、ライティングやスピーキングはアウトプットする能力です。

インプット型の語彙のことを受容語彙(passive vocabulary) とアウトプットできる語彙のことを使用語彙(active vocabulary)ということは知っていましたか?受容語彙とは、聞いたり、読んだりするとわかる表現のことで、使用語彙とは、話したり、書いたりする時に使える表現を言います。受容語彙は使用語彙より多いのが普通です。

例えば、小学生の時に漢字のテストで読めるけど、書けないという経験はありませんか?また、薔薇・醤油・麒麟等の漢字は成人の99%の人は読めると思いますが、正確に書ける人となると、もしかすれば10%以下かもしれません。

私もワープロに慣れきっているので、当然のことながら書けません。漢字の例えのように母国語である日本語の場合にもあてはまりますが、外国語の場合はこの差が母国語より開いてしまうことが多いのです。

日本人の中には「英語は聞いたり、読んだりすることはかなりできるようになったのに話したり、書いたりしようと思うとなかなか出てこない。」という方がたくさんいます。

なぜでしょうか?

それは受容語彙を使用語彙に移行するための勉強をしていないからです。

アウトプットするためには、インプットつまり十分頭の中に様々な英語の文やフレーズが蓄積されていなければなりません。

ライティングであれば自分の頭の中で日本語から英語に訳す、すなわち単語を文法で組み立てる時間を取ることができますが、スピーキングの場合、そんなことをしていたら会話で置いてきぼりにされてしまいます。

英語でスピーキングするためにはなるべくたくさんの例文を脳にインプットして蓄積させておいて、その一部(単語、時制など)を入れ替えたり、多少変化させたりすることによって、自分のイメージどおりの内
容を英語で再現できるようにならなければいけません。

英語を書くほうが話すことよりやさしいと思っている人は英文法を使って日本語から英語に訳して話したり、書いたりしている人です。

英語を書くという作業ではなく、日本語の文を英文に訳すという作業をしているため、考える時間がとれる「書く」の方がとっさに話さなければならない「話す」よりも楽に感じるからです。

この日本文を英文に翻訳する作業はライティングの方法としては間違っています。というのも英語は正しい表現を覚えておいてそれを応用しながら書かなければいけないからです。

このことには納得して頂けたでしょうか?

感覚的には理解してもらえたと思います。

それでは、実例を使って説明します。

まだ話すことのできない赤ちゃんが母親の言っていることが理解できるのはなぜでしょうか?

答えは簡単です。

聞いて理解すること(インプット)の方が、話すこと(アウトプット)よりも簡単だからです。その赤ん坊も3歳になればある程度話せるようになります。逆に言えば赤ん坊がある程度話せる(アウトプット)ようになるのには3年間もインプットし続けなければならなかったということも言えます。

この3年間の間この赤ん坊が両親、親戚等から英語を聞いた時間はとてつもない時間になっていると思います。

1週間に50分のセミプライベートの授業を受けたぐらいでは到底このリスニング量をカバーできるわけがありません。

では、通学や通勤時間に英語を聞いて、自宅ではCNNを一日中掛けっぱなしにしておけば良いのか?

もしあなたが赤ん坊であれば確かにそれでよかったかもしれません。ある程度聴覚や脳が発達してしまった状態では、それにあった言語習得法が必要になります。

というのも、大人と子供では言語習得能力の差があるからです。母国語が確立してしまった大人と比べ子供は言語を自然に吸収する能力がずっとすぐれています。

海外に転勤になった親は全然英語ができるようにならなかったのに、一緒に行った小学生の子供が2年後には英語がぺらぺらになっていたなどというのはこの言語吸収能力の差からくるものです。

姪っ子は、日本で生まれて5歳まで日本で育っていました。保育園にも通っていたので日本語とポルトガル語の完璧なバイリンガルでしたが、ブラジルに帰国して1年経った後には日本語を全く話せなくなっていました。

その後、また日本に戻ることになり、すぐに日本語の小学校1年生として入学しました。日本に到着してから3ヵ月後ぐらいに電話したときには私が話す日本語を完全に理解したうえで、「です、ます」を使ってちゃんと日本語で返事することができるようになっていました。

大人となると、そう簡単にはいかないというのは想像に難くないでしょう。

ともかく、ここで言いたかったのはアウトプット以上にインプットが重要だということです。そしてインプットがある程度蓄積されるとアウトプットも自然に良くなるということです。

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